三橋貴明さんと中野剛志さんの共著『売国奴に告ぐ!』を読み返していると、東西冷戦時代の右派だ左派だという政治の区分はとうに当てはまらなくなっていると感じる。そういう枠組みの中では新自由主義が保守に見えてくるが、保守はなんでもかんでも「改革」したり「ぶっ潰」したりはしないものだ。
「共産主義、社会主義」対「民主主義、自由主義」という枠組みに囚われていると、格差是正を訴えた社会党のオランドが新自由主義者のサルコジに勝利したことが単にサヨクが保守に勝っただけに見えてしまう。もっとも、あちらのサヨクは日本のとは違い、愛国心があるそうだが・・
中国は共産党とそれに結びついたわずかなエリートが愚民を指導し、自分たちが富を独占したおこぼれが愚民を潤すという体制だが、同じ図式が民主主義国家でもアメリカやイギリス発の新自由主義、グローバリズムの進展で世界中で広がっている。どちらかがまねをしたのか、それとも偶然なのか。
その考え方はアメリカからの要望や圧力により日本にも大きな影響を与え、小沢・細川内閣の経済構造改革に始まり、橋本内閣の消費増税を含む行財政改革、小泉内閣の郵政・構造改革、そして、小沢・鳩山の政権交代サギから菅・野田の増税・TPPと続き、現在は橋下維新というわけである。
『売国奴に告ぐ!』ではそういう流れの中で、橋下徹大阪市長を取り上げたのだが、橋下氏はそれに対しても中野さんに激しい罵声を浴びせた。例えば、中野さんが新自由主義者がポピュリズムを利用するやり方を批判した部分は次のようなものだ。
中野
時代劇にありますよね。お代官様と越後屋が癒着してお金をかすめているせいで、庶民に取り分が回ってこない。それはけしからんという、ルサンチマンです。そこで、その甘い汁を吸っている連中を、困っている自分たちのレベルに引き下げようとして叩く。建設業を叩き、郵政を叩き、最近は農協を叩き、公務員を叩くわけです。
これはいわゆるポピュリズムです。ファシストの典型的なやり方で、日本だと小泉純一郎、もっと大規模にやったのはヒトラー、現在進行形が橋下徹大阪市長です。誰か分かりやすい敵をターゲットにして、叩きまくる。強く叩くほどに、人々は溜飲を下げられる。それから、敵をたたいている指導者の姿を見て、そこに不屈の精神を読み取る。このリーダーについていけば、この苦しい状況を突破できるんじゃないかと期待する。やがて時代の閉塞感の元凶は、その叩かれている既得権益者なんだと思い込む。TPPの場合は農協だし、大阪の場合は大阪市役所ですね。
たぶん、橋下市長がこの部分に反論したのが以下のツイッターの書き込みだ。
(以下は橋氏市長の4月30日のツイッターから引用)
売国奴に告ぐの中で、じゃあ今の日本、何をしたらいいのか?については、国債を発行して公共事業をどんどんやる。これしかなかった。あとは改革の動きを全てひっくるめて新自由主義とレッテルをはり、とにかく新自由主義はダメだ、ダメだの連呼。これだけの連呼の技術は選挙に出れば活きてくるよ。
また外郭団体や一部業界の仕組みから、カネが回らない。もっと付加価値を生む主体が参画すれば需要と供給の連鎖がより力強く発揮されるかもしれないのに、付加価値を生まない主体が既得権によって守られている。これを正すのは、新自由主義でもグローバリズムでもなんでもない。単なる改革だ。
しかし天からカネは降ってこない。制度の不断の見直しが必要。見直しをすれば当然そこで反対論は出る。外郭団体の随意契約も民間に開放することで、民間にチャンスが生じる。付加価値を生まずに既得権益化してカネをもらっているところは見直す。これをやり続けることが新自由主義か?
(引用ここまで)
中野さんが指摘しているポイントはそのポピュリズム的な手法であり、ファシストとまで言っているのだが、橋下氏はそれには答えず、いまは「改革」が必要なのだと反論している。しかし、中野さんはそういう反論があることをあらかじめ予想したように、上記に続いてこう述べている。
しかしどうでしょう。僕だって、農協や大阪市役所に問題がないとは思いません。でも、彼らが持っている既得権など、マクロ全体から見ればたかが知れているじゃないですか。問題はあるにしても優先順位は低い。(『売国奴に告ぐ』P207~208から)
このあと、中野さんは、韓国などではそうして既得権益を壊したあとに大企業や外資が入り込み、結局新たな既得権益が生まれたと指摘する。そして、新自由主義ではそれは市場原理に任せて自由で効率的な資源配分をした結果だからかまわないということになると批判しているのである。
橋下氏は上記のツイッターで「もっと付加価値を生む主体が参画すれば需要と供給の連鎖がより力強く発揮されるかもしれないのに・・」と述べているが、その「もっと付加価値を生む主体」が新たな既得権益を生んだとしても全体的に効率化すればいいという考え方こそが新自由主義なのだ。
彼は自分が新自由主義だとは思っていないだろうし、ほとんどの新自由主義者もそう自覚している人は少ないかもしれない。しかし、橋本徹の元に集まっている人たちの多くはそういう人たちだ。そして、中野さんの「ファシストのやり方」という指摘を裏付けるような記事が、昨日の夕刊に出ていた。
電力需給:「節電」新料金で不足2.6%改善 関電提示
毎日新聞 2012年05月15日 大阪夕刊
(前略)
◇「通報制度」など大阪府市独自策
一方、大阪府市エネルギー戦略会議は15日、独自の節電策を提示した。照明が明るすぎるオフィスや店舗を住民が見つけて通報し、中小事業者に節電を促す「節電通報窓口」の設置や、真夏の午後に役所を閉めて節電するなど、家庭や事業者、官公庁などを対象に計約110万キロワットの節電を目指す。
http://mainichi.jp/area/news/20120515ddf001010007000c2.html
まだ検討中だとは思うが、中小企業などを対象に住民が通報するそうである。まあ、関西にもたくさんあるパチンコ屋が全部真夏の午後に休みになればずいぶん節電できると思うが、多くの中小企業にとってはまさに死活問題だろう。納期に追われて必死で作業していると通報されてしまうのである。
これは明らかに「密告社会」である。こういう発想が出てきて、それを実際に策として提示することは確かに革新的ではあるが日本人の普通の神経ではない。これも構造改革なのだろうか。少なくともこういうのは「保守」の考え方ではなく、イメージするのはソ連であり、ナチスドイツであり、中共である。
中野さんは文芸春秋の最新号で、『橋下支持の自称「保守」』という表題で、新自由主義を保守だと勘違いしている橋下支持者に対して厳しい批判を浴びせている。企画のタイトルは「人物研究 橋下徹 12人の公開質問状」なのだが、彼は橋下氏にではなく、その支持者を批判しているのである。
しかし、大阪の既得権の闇というのは、金銭的なことだけではなく、人事や雇用、さまざまな慣行など、風土そのものの問題だ。先日も採用試験で入れ墨の有無をチェックするとかしないとか言っていると思ったら、今度は50人もの職員が入れ墨をしていたことが分かるような状態なのだ。(もう100人に増えている・・)
たしかに、中野さんの言うようにマクロ経済には何のかかわりもないことなのだが、大阪にはそれこそ革命的な手法が必要な部分がまだ残っているのである。まあ、これもまた新たな叩く相手ということになるのだが、こちらの方は遠慮なくぶっつぶしてほしいとも思うのである。
ただ、原発を政治の力で止められた挙句に電力不足が懸念される状態になっている関電を、入れ墨職員と同じように糾弾する橋下市長やそのブレーン達は明らかにおかしい。こんないい加減さを国政の場に持ち込まれたらとんでもないことになると思う。それは絶対に阻止しなければならない。
それなのに、まだどこかでその危なっかしいが強力なパワーで大阪を何とかしてくれると期待を持ち、もう少し様子を見ようと思っている。
中野さんから「あなたは間違いなく『橋下支持の自称「保守」』です」と言われそうだ。
(以上)








出典



by akira
新自由主義は保守か?それとも…